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大分地方裁判所 昭和34年(レ)44号 判決 1960年2月23日

控訴人 富士金融株式会社

被控訴人 株式会社宮崎相互銀行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金六万四千六百三十五円とこれに対する昭和三十三年五月二十八日以降右完済迄年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

一、控訴人の請求原因

(一)  訴外木本質は同人所有の不動産四筆((イ)佐伯市字中村外一、六六三番の一宅地五八坪五合五勺(ロ)同所同番の五宅地二坪四合五勺(ハ)同所一、六六二番の六宅地四坪(ニ)同所一、六六三番の一同所同番の五家屋番号一五区第二三九番木造瓦葺二階建居宅建坪二四坪五合二階七坪附属木造杉皮葺平家建物置建坪五合)を目的として昭和二十八年五月十六日訴外株式会社伊予銀行のため元本極度額金三十万円の根抵当権を設定しその頃同銀行より金三十万円を借受け、昭和三十一年七月三十一日被控訴人のため元本極度額金三十万円の根抵当権を設定し同日金二十万円同年十月十六日金十万円を被控訴人より借受け、次いで昭和三十一年九月六日訴外佐伯金融株式会社のため元本極度額金二十万円の根抵当権を設定しその頃同会社より金二十万円を借受け、さらに昭和三十二年三月十三日控訴人との根抵当権設定契約に右各不動産を追加してその目的とし元本極度額金四十万円の根抵当権を設定して控訴人より金四十万円を借受けた。

(二)  また右木本は昭和三十一年六月三十日被告と契約給付金五十万円の相互掛金契約を締結し同日以降十回にわたり合計金十二万五千円の掛金を払込んだが同年八月十二日右契約は合意解約せられ、右木本は右払込掛金の返還請求権を取得した。

(三)  しかしてこれよりさき右木本は被控訴人より前記借受をなすにあたり、右相互掛金契約解約による掛金返還請求権を右貸金債務の担保とすることを承諾した。

ところで前記被控訴人の右木本に対してなした貸付は相互銀行法第二条第一号に所謂給付に該当するものであるから、このことと右担保契約を結んだ趣旨に鑑み右金十二万五千円の払込掛金返還請求権は前記金三十万円の第一次的担保たる性質を有するものであり、したがつて被控訴人はこの担保権を実行した後残額について前記不動産により弁済を受くべきものである。そしてまた、右掛金返還請求権は被控訴人の右木本に対する貸金債権のために右不動産四筆と共同担保の関係にあり、右不動産につき被控訴人の後順位となる控訴人らは民法第三百九十二条の準用により被控訴人に代位して右掛金返還請求権に対する担保権を実行し得べき地位にあつた。

(四)  しかるに被控訴人は右相互掛金契約を解約し根抵当権をもつて担保された控訴人の債権を害することを知りながら解約限度貸付名義をもつて翌十三日右解約による掛金返還請求権に関する担保権を放棄しこれをもつて定期預金とせしめ右木本にこれを担保とする金十二万五千円の貸付を仮装し後に右木本の委任した訴外広瀬茂に右定期預金の払戻しをなした。

(五)  控訴人は昭和三十二年八月二十二日右木本に対する前記根抵当権を実行し同年十月二日競落許可決定がなされ同月二十五日競売代金について配当がなされたのであるが、順位一番の株式会社伊予銀行は債権元利金三十一万七千七百五十円全額順位二番の被控訴人は債権元利金三十二万二千七百五十円全額につきそれぞれ弁済となつたが順位三番の佐伯金融株式会社は債権元利金二十三万四千百二十六円中金十七万三千七百六十一円が弁済となり金六万三百六十五円が不足し、順位四番の控訴人は全く弁済が得られない。

(六)  右のように控訴人が弁済を得られなかつたのは被控訴人が右木本の掛金返還請求権に対する担保権を不法に処分した結果にほかならない。

何となれば被控訴人が前記のように第一次的担保権を実行したならば配当の際被控訴人は右請求権相当額を控除して配当を受けることゝなり訴外佐伯金融株式会社にさらに追加して配当すべき金六万三百六十五円を控除しても控訴人において金六万四千六百三十五円の弁済を受け得た筈なのである。

そうすれば被控訴人が前記のように訴外木本質に対する担保権を処分したのは控訴人の右木本に対する前記貸金債権を不法に侵害し控訴人に内金六万四千六百三十五円の弁済を受け得ざらしめて同額の損害を蒙らしめたものであるから、その賠償として右金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降年六分の割合による金員の支払を求める。

二、被控訴人の答弁

(一)  請求原因(一)の事実のうち被控訴人に関する部分は認めるもその余は不知

(二)  同(二)の事実は認める。

(三)  同(三)の事実のうち訴外木本質の被控訴人に対する掛金払込請求権が控訴人主張の貸金債権の担保となつていることは争わないが右貸金は相互銀行法第二条第一号にいう給付にあたるものではなく同条第三号にいう貸付である。

その余の控訴人の主張は争う。

(四)  同(四)の事実は争う。

被控訴人は訴外木本質の申出により同人との相互掛金契約を解約し右解約払戻金の限度内で同人に金十二万五千円を貸付けたのであつて被控訴人はことさら右解約による掛金返還請求権についての担保権を処分したわけでなく何ら控訴人の権利を侵害する認識を有していない。

(五)  同(五)の事実は全部認める。

(六)  同(六)の主張は争う。

右のように被控訴人は控訴人の権利を侵害する認識がないのみならず、担保権を放棄することは共同担保となつている場合でも担保権者たる被控訴人の自由であつて何ら不法行為を構成しない。

三、証拠

控訴人は甲第一ないし第四号証第五号証の一、二(写)第六ないし第十一号証(いずれも写)第十二号第十三号証第十四号証の一、二を提出し証人木本質同広瀬茂同長坂忠雄(原審第二回及び当審)同安藤一郎の証言竝びに佐伯電報電話局長に対する調査嘱託の結果を援用し、乙第一号証の成立は不知と述べた。

被控訴人は乙第一号証を提出し証人長坂忠雄(原審第一回及び当審)栂尾逸夫(原審及び当審)の各証言を援用し甲号各証の成立(甲第五号証の一、二第六ないし第十一号証については原本の存在竝びに成立)を認めた。

理由

一、訴外木本質が控訴人主張の不動産四筆を目的として昭和三十一年七月三十一日被控訴人のため極度額三十万円の根抵当権を設定し、同日金二十万円、同年十月十六日金十万円合計金三十万円を借受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一乃至第四号証と証人木本質の証言竝びに弁論の全趣旨を綜合すると、同訴外人はいずれも前記不動産四筆を目的として控訴人主張のとおり各根抵当権を設定し金銭を借受けたことは明かである。

二、被控訴人が昭和三十一年六月三十日右木本と契約給付金五十万円の相互掛金契約を締結し同日以降十回にわたり合計金十二万五千円の掛金の払込を受けたが昭和三十二年八月十二日右契約を合意解約したことは当事者間に争いのない事実である。

しかして原本の存在及び成立につき当事者間に争いのない甲第五号証の一、二第六ないし第十一号証成立に争いのない第十三号証第十四号証の一、二と原審証人木本質原審(第一、二回)及び当審証人長坂忠雄当審証人栂尾逸夫の各証言竝びに弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認定することができる。即ち、

被控訴人の訴外木本質に対する前記貸付金三十万円は右相互掛金契約による給付金の限度内において貸付をした所謂給付限度貸付であり(相互銀行法第一条第三号にいう貸付である)満期前において右契約の中途解約をなした場合に控訴人の取得する掛金返還請求権も予め右貸金債務の担保とせられていたものであるところ、右木本は当時訴外広瀬茂にも債務がありこれには他の債務と異なり担保を提供していなかつたので右相互掛金契約による給付金で支払いをするということになつていたけれども、右契約による掛金を前記のように十回払込んだ後は払込継続ができなくなり同人に対する債務を決済する必要上被控訴人に申出でゝ昭和三十二年八月十二日右相互掛金契約を合意解約をした。ところが被控訴人の取扱として中途解約の場合も原則として掛金は満期まで返還しないことゝしていたので、所謂解約限度貸付の形式をとることゝなり、右木本より昭和三十四年十月三十日を満期とする額面金十二万五千円の約束手形を振出さしめて貸付金として交付すべき金十一万五千円(満期までの金利を天引控除した金額)を直ちに期間三ケ月の同額の定期預金として入金したものとして右預金証書を訴外広瀬に交付し、右貸付金は満期日に支払うべき掛金返還請求権をもつて相殺することゝした。しかしてその後被控訴人は右預金証書により右広瀬に対し払戻しをなした。

以上の事実が認定できるところ、右の事実によれば被控訴人は前記金三十万円の貸金債権に対し前記不動産四筆につき設定を受けた根抵当権と共同して担保の目的となつていた右相互掛金契約の中途解約による掛金返還請求権に対する担保権を放棄して新に解約限度貸付金十二万円の担保とする形式をとり実質的には右掛金を返還し期間を三ケ月とする金額十一万五千円の定期預金として受け入れたものというべきである。

三、控訴人は右担保権の放棄は本件不動産について被控訴人に劣後する根抵当権者である控訴人に対する不法行為であると主張するのでまずこの点について検討する。

相互掛金契約による給付限度貸付をなした場合右貸金債権のために掛金返還請求権のほかに他の物件をも目的としたときはその契約の性質上特に明示の合意はなくとも、右貸金の回収は他の物件に先んじて掛金返還請求権に対する担保権(債権質と認むべきであるから以下単に債権質ともいう)の実行によつてなさるべきことは債務者の期待するところであること勿論債権者に対しても要請されるところともいうべきであるから、かような意味においては右債権質が第一次的担保の性質を有するものであることは控訴人主張のとおりであり、当該債権者に劣後して右の物件に担保権を取得するものは右債権質がまず実行さるべきことを期待するものであることも容易に理解し得べきことである。しかしながら右債権質権者は右質権の目的たる債権額を控除した限度においてのみ共同担保の目的たる他の物件の担保価値を把握しているものと解しなければならない法律上の根拠を発見することはできないから右のように債権質が第一次的担保の性質を有するからといつても、それは債権者債務者間の関係だけにとゞまり、劣後する他の担保権者にとつては単なる期待に過ぎないものというべく、債権者債務者合意の上右債権質権を放棄することは何ら妨げなく、これをもつて不法行為を構成するものとすることはできない。

これを本件についてみるに訴外木本質の申出によつて本件相互掛金契約を中途解約しこれにより同人の取得した掛金返還請求権に対する担保権を放棄し新に他の請求権のための担保権の目的としたことは前認定のとおりであるから右の担保権が第一次的担保の性質を有するの故をもつてこれが放棄をもつて不法行為であるということができない。

尤も、当該債権者債務者間において右担保権の放棄の合意が格別の理由もないのに専ら後順位担保権者を害するの目的をもつてなされるときは信義にも反し権利の乱用となることがあるであろう。しかしながら本件においては、前記のように訴外木本質が本件相互掛金契約による給付金をもつて支払に充てることを約していた訴外広瀬茂に対する債務決済のために右契約を中途解約しこれにより取得した掛金返還請求権は相互掛金契約の満期をもつて弁済期到来するに拘らず実質的には右満期前に払戻すことゝなる定期預金として決済の手段としたのであるから、成立に争いない甲第十二号証及び原審証人安藤一郎の証言竝びに弁論の全趣旨によつて認められるように、被控訴人の佐伯支店係員は右掛金返還請求権を担保の目的とする前記貸金債権を控訴人に譲渡してほしいという申出に対しその譲渡の対価相当額を受領しておきながら、未だ右貸金の回収もできず担保権実行の方法によらなければ回収が望めない状態にあることを知りつゝ容易に実行できる右債権質のみを対価なく処分してしまつたことはいささか非難に値いしないものがないとはいえないけれども、このことの故に被控訴人において専ら控訴人の利益侵害のみを図つたものとは断定できない。

控訴人はまた本件は共同抵当に関する民法第三百九十二条の規定が準用さるべき場合であると主張する。

なるほど共同抵当に関する民法第三百九十二条の規定は共同担保の目的となつている物件について後順位の担保権を取得するものゝ保護を図つた規定であることは勿論であるけれどもすべての担保権について右規定は準用さるべきものであると解することはできない。

何となれば、不動産に関する権利を目的とする担保権については不動産登記法は第百二十二条以下において共同担保権者に対し共同担保の目的であることを公示することを要求し各不動産毎にこれが他の不動産とともに共同担保の目的となつていることを公簿上明らかならしめる方法を講ぜしめているのであるが、不動産以外のものについてはかような公示をなすべき方法がない。このことからみても法はかような公示を信頼して残存担保価値を把握した後順位担保権者の保護を図つて民法第三百九十二条の特則を設けたものと解せざるを得ないのである。

これを本件についてみるならば控訴人に優先する共同担保権者である被控訴人は訴外木本質に対する本件各不動産に共同抵当権の設定を受け同時に掛金返還請求権に対する債権質の設定を受けたものであるけれども右債権質が同一の債権に対する担保権であることを公示すべき何らの手段がないのであるから右掛金返還請求権が共同担保の目的となつていることを控訴人においてたまたま知つており、これを前提として本件不動産の残余の担保価値を把握したとしても控訴人において右掛金返還請求権に対し被控訴人に代位すべき権利を有するものということはできない。

したがつて共同抵当の場合においてその目的物の一部に対する担保権の放棄が不法行為を構成するものではないという見解に対しては異論の存するところではあるけれども右見解のいずれに賛成するにもせよ、本件における債権質権の放棄を目して民法第三百九十二条を準用すべきものとし不法行為を構成するものとする控訴人の主張は採用できない。

四、してみれば他に被控訴人の右担保権の放棄により控訴人の権利を侵害したことを認むべき何らの資料のない本件において右放棄をもつて不法行為と解することはできないから、その余の点について判断を加えるまでもなく控訴人の本訴請求は失当である。

よつてこれを棄却した原判決は正当で本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条に従いこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男 乾達彦 茅沼英一)

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